開発人生記 その10

                                             スクリュープレス工法の開発

 

 今回は、日本の下水道整備拡大の波に乗って成長してきた会社が、下水道工事の減少に伴う事業構造の転換を10年がかりで悪戦苦闘しながら行ったお話です。 この工法の開発によって会社は「地下土木」という得意分野は守りながら「下水道関連事業中心」から「住宅関連事業中心」に大きく舵を切ったのです。

 

 「開発人生記 その4」でも少し触れましたが、日本の下水道普及率が80%を超えたあたりから、各自治体から発注される下水道関連工事は目に見えて減少してきました。             当時の会社の売上構造下水道関連が半分以上を占めていました。 減少を予想していた私は、その数年前より対策に着手していました。 

 まず、下水道に替る大きな売り上げを見込める仕事は何かと考えました。 当時の日本の二大産業は「自動車」と「住宅」です。 日本の自動車産業は成熟しており、新たに入り込む隙間は見出せそうもありません。 住宅も上部建築物にはノウハウも無く参入障壁は高いが、基礎下の地盤が軟弱な場合それを強化して沈下を防止する地盤改良であれば今までの知見が若干生かせそうに思いました。 それから住宅の地盤改良の現状をいろいろ調べたところ、住宅建築業者は自ら地盤改良を行うことは無く、土木系の会社で地盤改良が得意なところに外注していることが分かりました。 これなら当社も施工方法を学んだ上、住宅建設業者に営業をかければ参入は出来そうです。 

 当時の地盤改良の方法としては、主として地表面付近1.5m程度までを改良する「表層改良」、それ以深6~8mまでを柱状にセメントを混合して改良する「柱状改良」、柱状改良より深いところまで可能な「鋼管杭工法」が主として行われていることもわかりました。 

 柱状改良と鋼管杭工法は専用の機械を導入しなければ施工できませんが、表層改良なら会社で沢山所有している油圧ショベルで出来そうです。 手始めに表層改良から始めることとして、自身で住宅業者を数件訪問営業を行い1件受注してきました。 この工事の施工を名古屋で地盤改良を主力に事業をしている旧知の社長にお願いし、自社の施工部隊に見させて、施工手順等を学ばせました。 その他、使用する機材や検査方法、報告書の作り方等、様々な情報を手に入れました。 

 その後すぐに住宅地盤改良専任の営業員を募集し1名採用を行い、県内の住宅業者をくまなく営業させました。 しかし、大手の住宅業者にはすでに地盤改良を行う協力業者ががっちりと食い込んでおり、当社が食い込めるのは年間20棟以下程度の中小業者のみでしたので、1年程度は月あたり3~5棟程度の受注であり、営業員の給与を考えると事業としては赤字です。 他社と差別化できる技術が欲しいと思っていたところへ1通のDMが送られてきました。

 それは、新潟で開発された技術で砕石を地中に多数作って地盤を強化するというもので「アクパド工法」と言いました。 

 今まで多い地盤改良「表層改良」「柱状改良」いずれもセメント混合撹拌して固化するものですが、この時土質によっては六価クロムという強い発がん性をもつ物質が発生することや将来自宅を撤去するときに固化体も撤去する必要があるが、その費用が莫大であることなど重大な欠点がありました。 砕石の柱で地盤改良を行えばこれらのことが解消される素晴らしい技術との触れ込みです。 

 他社との差別化を模索していた私は、新潟まで施工を見に行ったり、県内の大手住宅業者にデモ施工をするのを見たりしたのち、導入を決断しました。 導入費用は施工機械や研修費、特許使用料等を含めておよそ5500万円でした。 

 結果的にこれは大失敗でした。 この工法は砕石の柱を作るための穴を掘る際に、水を噴射しながら羽根を回転させて掘り進んでいくのですが、この時噴射した水と地盤の土の混合物を吸引回収し、泥水分離機にかけて土と水を分離し、水を再利用するというものでした。 地盤の土が、液状化を起こすような未団結の砂質土地盤での施工ではうまくいくのですが、軟弱粘性土地盤では土の粒子が細かすぎて泥水を水と土に分離できず、結果的に新しい水をどんどん補給し、泥水を大量に廃棄する必要が出てきました。 

 施工に時間がかかる上、泥水処理費用も掛かるので家一軒当たりの地盤改良費用は、当初の説明では60万円程度とのことであったのですが、粘性土地盤での施工では平均で150万円程度かかるのです。 これではとても受注できず、安値受注すれば大赤字です。 自社でもいろいろ泥水分離実験をしてコストを下げられないか努力をしてみましたが、不可能であることが分かってきました。 この機械を導入した会社は日本全国に30社程度あったのですが、殆どの会社からクレームがきて、そのうちこの工法を開発して販売した新潟の会社は倒産してしまいました。

 

 コスト高なこの工法による施工はあきらめましたが、砕石柱による地盤改良優れた点が多いため、全く発想を変えた砕石柱施工方法の開発に乗り出しました。 孔に砕石を詰めて柱を作るために、穴を掘って砕石を詰めるまで健全な孔の形状を保ってもらう必要があります。 アクパド工法は泥水を使うことで孔の崩壊を防いでいたのですが、その泥水でコスト上昇を招いていました。 泥水を使わずどうして孔の崩壊を防ぐか? 普通孔を掘るには「開発人生記 その1」で紹介した機械のように丸いバケットなどで土を排出しながら掘っていくのです。 しかしこれでは掘るのに時間がかかる上、地下水が有るところでは崩れてくるため掘れません。 考えた末、ネジくぎのような形のものを地中にねじ込めば掘っている間は空洞を作らないので崩れる心配はなく、排土しないため速く掘れて残土の処分も不要になり、しかも土は排土されずに横方向に押されて周りの土が固くなって崩れにくくなるであろうと考えました。 

 会社には鉄工加工をする部門が有ったので、そこの従業員に図面を書いて渡し、こんなものを作ってくれと頼みました。 

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 このスクリューを、当時会社で所有していた油圧ショベルオーガーを取り付けた機械に装着し、会社の空き地で穴掘り試験を始めました。 

 

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 試験を続けていると、孔がきれいに出来るときとつぶれて細くなってしまうことが有ることが分かりました。 

 原因を考えながら試験をしていると、スクリューを抜き取るとき粘着性が強い粘土の場合はスクリュー周囲から孔内に空気が流れ込まず真空状態になるため孔がつぶれてしまうことが分かりました。 そこで、今度はスクリュー内部に細いパイプを通してそこから孔の底部へ空気を送ることを考えました。 先端の空気が出る部分に土が入ってくるのを防ぐため、弁(バルブ)も取り付けました。

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 これで試験をしてみると、抜き取るときにこのパイプから空気が入っていく音がするのです。 最初のパイプは3/8インチ(内径10㎜弱)でしたが、これでは充分な空気を吸い込まないことが分かりました。 このパイプを2倍くらいの太さにしてみましたがそれでもまだ十分ではありません。 空気が流れる時には相当な抵抗が有ることをしみじみと感じました。 

 結局、実用化時にはコンプレッサーにより圧縮した高圧空気を細いパイプから噴射するようにしたのです。 この圧縮空気を送るようにするためには施工機械にコンプレッサーを装備しなければならず、コスト上昇につながるためやりたくなかったのですが、これを行ったことが後々「液状化対策」という重要な技術開発につながっていったのです。 そのお話はのちに詳しく述べることとし、とにかく圧縮空気を送りながら削孔することではきれいで完璧なものが確実に造れるようになったのです。 

  

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 孔がきれいに掘れるようになったので、今度は砕石を入れて押圧するものを作りました。 

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 先に説明したスクリューで孔を掘り、その孔に小さなバケット油圧ショベルで砕石を少し入れ、このパイプで押圧するのです。 1回で40cm程度になるように砕石量を調整して投入します。 従って4mであれば、砕石投入と押圧を10回繰り返して表層まで埋めて砕石の柱を作ることとなります。 

 孔を掘る機械、砕石を投入する機械、押圧する機械と3台の機械が必要で、オペレーター2人は要ります。 あまり効率のいい方法ではありませんが先の「アクパド工法」に比べて施工が速いので1日当たり作業量は2倍~3倍となりました。 概略の工程は下記の通りです(この図ではまだ圧縮空気を送るようにはなっていません)。

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 「アクパド工法」はやめて、このやり方で受注を始め30現場位施工しました。 しかし、もっと効率を上げるため3台の機械を2台にする構想を持っており、なんとか実現したいと思い、大手建機メーカーに相談したところ5000万円程度の見積が来たため、躊躇しておりました。 

 イメージした機械は次の図のようなもので、機械にガイドリーダーを備え、前面に削孔スクリュー、後面に押圧用ロッド、本体中央に砕石を乗せるホッパーが付いております。 ホッパーから小さなベルコンで砕石を前側へ送り削孔した孔に投入し、押圧ロッドで押圧を繰り返す仕組みです。 人員削減のためラジコン操作として、オペレーターが削孔位置決めや砕石投入シュートを操作を行うため、ホッパーに砕石が有ればオペレーター一人で作業が進められます。   

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 造りたいけれど金銭面で躊躇していたある日、中小企業基盤整備機構(中小機構)の人が訪ねてきました。 中小機構は中小企業の活性化のため様々な活動をしている独立行政法人です。 

 世間の噂で、当社がいろいろなアイディアを実現している変わった会社だという評判を聞き、「現在何か取り組んでいるものはありませんか」と聞いてきました。 そこで、こんな工法を普及させたいと思っているが、それを実現するためには5000万円を投じて試作機を開発する必要があり、躊躇していることを話しました。 すると「新連携」という国の補助金があり、これに応募し採択されれば事業費の2/3、最大3000万円支給されるので、これを活用しませんか、という話になりました。 

 3000万円助成してもらえれば、5000万円かかっても、自己負担は2000万円です。 このくらいならやれそうだということで検討を始め、この機械での施工を砕石だけでなく、以前より検討していた木の杭も打てるようにして、木の杭を供給する業者と連携体を組んで「新連携」に応募しました。 それと同時に、大手建機メーカーより安く開発できる業者を探した結果、大阪で建設機械の開発が得意な業者を探し当て見積を取ったところ約4000万円でできることとなりました。 助成事業費は機械設備以外にPRパンフ・カタログ作成や展示会参加・公的認証取得等の活動にも適用できるため、それらを加えて事業費4500万円程度で申請したところ、見事助成対象に採択されました。

 この工法開発時は工法名を「圧密パイル工法」と呼んでいましたが、圧密という言葉は専門的すぎるということで「スクリュー・プレス工法」と呼ぶことにしました。 この試作1号機完成が本工法発展の基礎となりました。  

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 今まで3台で施工していた機械が2台になり、しかも1台は施工機のホッパーに時々砕石を補給するだけなので、施工が終わった個所から整地仕上げをしていくことが出来ます。   

 作業スピードが格段に速くなったので施工コスト劇的に低下しました。 施工状況をリアルタイムに記録する施工管理装置も搭載し、施工品質も確認できるようになり、施工報告書の作成も容易となりました。 しかし、機械の故障も頻発し修理や対策改造のため技術者一人が殆ど付きっ切りになりましたが、どんどん対策した結果、半年ほどで安定施工が出来るようになりました。 

 コストが低下したおかげで営業活動がやり易くなり、受注がどんどん増えてきました。 施工をしているうちに、前側にスクリュー後ろ側に押圧ロッドという構造は不便な場合が有ることが分かりました。 建物などの構造物付近で施工するとき、スクリューで削孔した後押圧しようとすると前部のスクリュー部分が構造物に当り、押圧できないことが有るのです。 こうなると機械の位置を変えて施工しなければならず、大変面倒です。 

 そこで、受注が増えて1台では施工しきれないこともあり、問題点を改良した2号機を造ることとしました。 2号機はスクリューと押圧ロッドを横方向配置として、少し旋回するだけで削孔から押圧に移れるようにしました。 

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 改良の結果、施工スピードは更に高まりました。 その後、いろいろな細かい不具合や使い勝手を改良しながら施工していましたが、大きな投資をして開発したしたのですから、自社仕様だけでなく外部に販売をしていかねばなりません。 

 地盤改良工法として外部に販売するにはいくつかの問題点をクリアする必要が有ることが分かってきました。 一つ目は建てた家が傾いたりした時に保証する地盤保証制度に入ることです。 日本では新築住宅は10年保証が義務づけられていますが、保証範囲に地盤の瑕疵が含まれているかどうかがグレーの状況であったため、多くの建築会社は地盤改良の際に地盤保証を求めていたのです。 

 日本には地盤保証会社が沢山あることが分かりましたが、大手が4社あり多くの建設会社にこの工法を採用してもらうためにはこの4社全部に工法を認めてもらうのがベストであることもわかりました。 一度に4社全部と交渉するのは大変なので、このうちの1社と交渉すると工法の公的認証をとってほしいと言われました。 公的認証取得は初めてなのでどうすればよいか最初はわからず、人づてに情報を集めて公的認証に知見のあるコンサルタントに依頼しました。 この人のアドバイスで「日本建設機械施工協会」が行う「建設技術審査証明」を取得することとなりました。 

 最初はコンサルタントに任せておけば数ヶ月で取得できるということでしたが、毎月コンサル料はかかるのにいつまでたっても取得できないので私はしびれを切らして証明事業担当者と直接話し合いをして、先方の求める実験結果や理論的な支持力検討方法等の書類を独力で作成を始めました。 いろいろな専門書を買い集めその中にある計算理論を勉強してスタートから1年半ほどかかりましたが、何とか取得しました。 この取得によって地盤保証制度に入ることはほぼクリアされました。 

 次に問題となったのは、建築確認申請を通すのが難しい建築物が有るということです。

 初めは木造1~2階建ての地盤改良が殆どだったのですが、3階~4階建てや介護施設等の大面積案件も引き合いが来るようになりました。 木造2階建ては4号建築物といって建築確認申請時に設計者の確認だけで構造計算書の添付が不要なのです。 しかしそれ以外の建築物では確認審査機関で構造計算をチェックされます。 この時地盤の支持力確認計算書の計算根拠を示す必要があり、「建設技術性能証明」というものを取得する必要が有ることが分かってきました。 以前に取得した「建設技術審査証明」とは証明内容や目的が異なる上、確認審査機関はこの性能証明に関する知見が多いため、この証明取得を要求するのです。 

 この証明もかなりの費用と1年2か月という歳月をかけてなんとか取得しました。

 

 機械の改良も進み、安定稼働が出来るようになってきましたし、地盤保証も付けられるようになったので、いよいよ機械の販売施工加盟店の獲得)に力を入れ始めました。 機械を導入して施工をする業者を募集するために、営業資料や教育資料等様々な施工加盟店募集資料を作り、営業職を新規に採用したり、営業委託を試行したりしましたが導入社募集は困難を極めました。 

 最初の2年位は加盟店契約は全くできませんでしたが、工法のすばらしさを説明する動画や施工ビデオ、他工法との比較資料などを作り各地で導入説明会を開催するようになると徐々に加盟店が出来始めました。  

 

 ビジネスを進めていくと、このようにいろいろな壁をクリアしていく必要が有ることがよくわかります。 今まで世の中に無かった機械や工法を世に出していこうと思ったら、機械を作るだけではできません。 世の中に受け入れてもらえるように法令や規制・慣習に合致する作業を続け、メリットの広報活動を行い、工法に関する教育等の施工体制を充実させ、最終ユーザー満足を与える仕組みづくりを行っていくことが必要です。 そして、こういう知見が増えることが一つの業界でビジネスを展開するノウハウになるわけです。

 

 このようにして機械の改良、公的認証の取得、営業ツールの作成、施工教育体制の充実、機械のアフターサービス体制の構築等を進めて営業を続けた結果、現在は国内で二十数台稼働するまでになりました。

 地方の一中小企業が独力で普及を進めているため普及速度はゆっくりですが「残土を出さない掘削」や「残土分の圧密で地盤全体の強度が上昇する」、また、自動的に「弱い地盤では太い柱・強い地盤では細い柱」となり「均等な強度の敷地」となること、環境面で大きなメリットが有る「木杭」のオプションが有ること、また他工法に比べて「コスト競争力が有る」ことなど、優れた特長が沢山ある工法であるから、これからもゆっくりと普及していくことでしょう。

 

 話は戻りますが、2号機が出来たころに施工現場を見に行った時、スクリューで孔を掘って砕石を投入する前に穴を覗き込んだ時のことです。 本来この辺の地盤では3m位掘ると砂地盤に当り、その砂地盤まで孔をあけると地下水が吹きあがってくる地層なのですが、覗き込んでいても水が揚がってきません。 そのまま少し機械を止めてもらって更に除いていると1分ぐらいしたらじわじわと水が揚がってきました。 この時初めて「圧縮空気を地下に送りながら掘削すると周辺の地下水は遠くへ押しやられて、孔の周囲には一時的に地下水が無くなる」という重大な発見に至ったのです。 

 この発見はのちに本工法による「液状化対策」の工法開発に進んでいくことになりますが、その話は別の機会に紹介したいと思います。