開発人生記 その18

地下室のお話

 

 欧米では住宅に地下室が併設されているのは一般的なことであるといわれているが、日本では地下室付き住宅というのは稀にしか見られない。 理由はいろいろ言われているが、最大は「コスト」と「湿気」であろう。

 日本の住宅の多くが創られる平地は沖積層地盤が多く、当該地盤は締りが緩くて崩れ易く、地下水位が高くて掘削すると水が出てきて更に崩壊しやすくなるので掘削コストが高額となる。 また高温多湿な時期が長い国なので地下には湿気がたまりやすく、かびが発生し易い。 これらのことから、日本の家屋で地下室が有るのは本当に稀である。

 

 私は学校を卒業後10年弱建設機械メーカー勤務後に独立していろいろな事業を行ってきたのですが、次第に地下地下水のことを扱う事業になっていきました。 なぜかというと地下部分は土質や性状が千差万別で地域によって大きな違いもあり、全国版の大手企業が事業として取り組むには不適な領域と考えられており弱小企業でも工夫さえすれば十分に存在感を発揮できる分野と考えたからでした。 このため地下部分工事施工技術を向上させる研究には特に力を注ぎました。 過去に公開した「開発人生記」も地下部分の工事を合理化し「コストダウン」や「工期短縮」を目指す機械の開発が多いのもその為なのです。

 この地下にこだわる事業展開をしていたことから、自宅を新築する際に地下室を作りたいと考えていました。 地下というのは温度変化が少なく、地下3mくらいになれば1年中地温はほぼ一定でその地区の年間平均気温となっています。 すなわち暖冷房費を殆ど使わなくても良いこととなります。 人間が住む地下室となれば空気の出入りはありますから年間一定温度とはいかないでしょうが、地上の部屋に比べてかなり温度変化が少ないことが想定されます。 実際に作って住まいして観察しないと地下室の良し悪しを評価できないと考えていたのです。 

 40歳の頃、借家住まいをやめていよいよ持ち家を建てようと思ったとき、建築業者に地下室併設の提案をさせました。 私が造ろうと考えた地下室は全く窓のない完全な地下室です。 地下室でもドライエリアという天井が外部に開いている部分が有るものもありますが、これでは外部の影響がまともに地下室内にも影響する為本来の地下室の特長が出にくいと考えたからです。

 建築業者は大手の住宅メーカーでしたが地下室建築の経験は殆ど無いようで、地下部分だけで小さな家が一軒建つような価格でした。 地下居室部分は20畳程度あり、これに階段室が付いた構造です。 全く窓のない鉄筋コンクリートの箱構造です。

 

         

 

 住宅を建てる前に、洪水対策等を考えて敷地境界に強固なコンクリート壁を立て、地盤を1mかさ上げしました。 しかし私が住宅を計画した地域は地下水位がGL-2m程度なので、地下室を作る時の値切り深さ4mを考えるとかさ上げを考慮しても最深部1m程度は地下水があって掘削は困難です。 そこで根切り時から構造物をつくりある程度埋め戻すまでウエルポイントという地下水位低下工法を施工し、地下水が出てこないようにしてから掘削を行いました。 ウエルポイントのポンプを回すためには15kw~20kw程度の動力電源が要るのですが20日間程度の工事となる為仮設電源を設置せず発電機で対応しました。 近所の人は住宅を建てるために24時間発電機を回していたのでいったい何をしているのだろうといぶかったことでしょう。

 地下室の躯体が出来たら外壁面防水します。 コンクリートは水を通さないと思っている人が大半でしょうが、コンクリートにも微細な隙間が有る為僅かずつですが水が染み込みます。 外壁面の防水はその隙間を埋め殆ど水を通さない層を作るのです。 

 防水工事が終れば周囲を埋め戻します。 敷地は100坪以上と余裕が有った為、土留めは使わずすべて法切りオープンカット掘削したので、埋め戻しもかなりな土量となりました。 埋め戻し土は砂質土で転圧したら締り易い土が良いのです。 この土を30cm~40cm程度の厚さで敷き均し、充分に転圧することを繰返して地表面まで埋めてくるのですが、私の家ではこの埋め戻し~転圧の作業がきちんと成されていなかったため後々地下室周囲の沈下苦労することとなりました。

 

 躯体が出来たら階段や内壁等の木工事になります。 内部の工事に関しては地下室だからと言って変わる部分は少なく、機械換気が義務付けられているので換気装置とそのダクト配管はありますがそれ以外は普通の部屋と大きく変わることはありません。

 完成して使いだしたら、地下室の環境はどう変化していくのかを観察するため温湿度記録計最高最低温度計などを配備して観察を始めました。

  

 

 地下室を何に使っているかというと、最初のうちは妻がカラオケルームとしてカラオケの練習をしたり音楽を聴いたりしていたようですが、今ではあまり使わなくなり私が朝ヨガ筋トレ・柔軟体操をするのに使っています。

       

   

 

 人の出入りが少ないのであまり汚れませんが、それでもホコリは積もります。 少しでもきれいな状況を保つため空気清浄機を置き、床はルンバが週一くらいに自動清掃するようにセットされています。

   

 

 床はルンバが掃除してくれますが、その他のところの掃除用に電池式のクリーナーもおいてあります。

        

 地下室は温度変化が少ないといっても冬はやや寒く、夏は運動をするとやや暑いので小さな電気ストーブ扇風機はおいてあります。

  

 

 階段室の下側は棚を置いて物置になっています。

          

 

 部屋の数か所に湿度調整用消臭用として炭や消臭剤をぶら下げてあります。

  

 

 このようにいろいろなもの置いて使っている地下室ですが、長年観察していて地下室の環境変化管理要領などが次第に分かってきました。 地下室に興味がある方、是非地下室が欲しいと思っている人に役立つ情報を提供したいと思います。

 

 地下の温度は1年中ほぼ同じなので、地下室の壁の温度も天井部分の浅いところを除き一定に近くなります。 先に紹介した計器を置いて室内環境を観察しているのですが夏の地下室内気温はMAX26℃~28℃、冬はMIN12℃~14℃となります。 幅が有るのは年によって猛暑や極寒の年が有るからです。

 夏に外気温が30℃以上となったときそれが室内に流入すると温度差で壁に結露が発生します。 壁に直接暖気が当たらなくても暖かい空気が地下室に流入して冷やされると相対湿度は急上昇します。 観察すると6月~9月地下室内相対湿度はほぼ100%です。 このためカビが生えやすくこの対策を怠ると地下室は使えなくなります。 除湿器をガンガンかければ湿度は下がりますが、毎日の水捨てが面倒で電気代も高額になり室温も相当上昇します。 地下室の恒温性が失われますので本末転倒です。 カビ対策をしっかりすることが現実的です。 対策の要点は下記の通りです。

・天井灯は常時点灯とする

 明るいところはカビが発生しにくいものです。 現在では天井灯はLED灯が2灯ついていますが、常時点灯しています。 光の当たるところはカビの発生は少ないものです。 常時点灯することでかなりカビの発生は少なくなります。

・年1回はカビ取りをする

 光の当たらないところはそのまま放置するとカビが蔓延しますので、毎年1回年末の大掃除時に家具などを移動して清掃・カビ取りを行っています。 毎年していればカビは発生していますが拭き取ればとれるレベルです。 私はMOS-Aというカビ除去剤でカビを殺してから拭き取っていますが、カビキラーでも良いと思います。 カビを殺して除去し、そのあとにリセッシュやファブリーズなどの除菌剤を散布しています。

・5月頃に除菌剤散布

 天井灯の光が当たりにくい家具の裏絨毯の裏棚の裏側などに除菌剤を散布。 また隅のほうなど光の届きにくいところはよく観察してカビらしきものが少しでも見えれば除菌剤を散布します。 これを怠ると6月の梅雨時期にはいたる所にカビが見えてきます。

 

 これらをしっかり実行しているので、今のところ地下室の使用に特段の障害は発生していません。

 このように地下室の環境研究などを続けていたある日、「地下室のある家」の建築をPRしていた某工務店を営業訪問した際、地下室建築の下請け施工を打診されました。 じつはこの会社は一般のハウスメーカーがあまりやりたがらない地下室付き住宅に特化した住宅販売営業を近年始めたのですが、困難に直面していました。 地下室を作るには4m程度の深さまで地盤を掘削する必要が有ります。 

 本ブログの冒頭に記したように日本の平野部は沖積地盤が多く軟弱な上、地下水位が高いので掘削すると崩れやすいのです。 地場の土建業者に掘削を依頼したところ掘削途中で水が出てきて掘削面が崩れ出すと自社ではできないと言って投げ出して帰ってしまったそうです。 元請けとして請けた仕事を完成させなければならず大変な目にあったので、当社のような地下に詳しくきちんとした掘削計画を立てられる業者に下請けをお願いしたいと言われたのです。 しかもすでに2棟の「地下室付き住宅」の受注が有るが下請け施工者が決っていないので見積してほしいと依頼されました。 

 これを契機に当社はその会社の地下室部分のみの専属下請け施工班をつくり、5人1組の施工班一班がほぼ常時地下室築造を行うようになりました。 10年位は施工したと思いますが、建築構造計算書偽装事件(通称姉歯事件)を契機に建築確認申請が滞ったり構造変更が必要となりコストアップになったとかして某工務店は地下室付き住宅事業から撤退してしまいました。 そこで当社の地下室施工班も解散となったわけですが、富山県、石川県で沢山の地下室を作らせていただきました。 当社の見積もり通りの価格で発注いただいていたので、きちんと利益も確保させてもらいました。 技術を磨いておくと向こうから仕事が転がり込んでくるのです。

 

 私の家は住宅の地下室だけでなく、車庫も地下にあります。 この地下車庫を作るのにも小さな家が建つくらいの費用が掛かりました。

    

 

 道路からスロープで地下部分に降りて行って駐車するのです。 最深部は道路面から2.5m位下がっていますがシャッターを閉めると地下に有ることはわからなくなります。

       

 

 また、前面道路からシャッターまでのスロープは屋根が無いので雨水が流入します。

         

 

そこで車庫最深部にはピットが有って、流入した水を排水する水中ポンプが備わっています。

            

 一定の水位になると動く、自動排水ポンプです。

      

 またスロープ部分に雪が積もるとタイヤがスリップして登れなくなるため、スロープ部分には「開発人生記 その5」で紹介した無散水融雪が施されており雪を融かすようになっています。 そのための井戸融雪用のポンプが排水ポンプの隣にあります。 

           

 井戸は「開発人生記 その8」で紹介した浅井戸工法で掘ったものです。 地下車庫築造前に作っておいて、築造時に地下車庫床面近くで井戸パイプを切断したため、パイプを床面近くのジョイント部で取り外すと地下水が自噴します。 災害時には停電していても地下水を汲むことが出来ます。 

 

 なぜ、地下に車庫を作ったかというと庭を広くとる為です。 駐車場の上は庭になっており、庭木も沢山植えてあります。 春には八重桜、芝桜、シャクナゲ等が咲き誇ります。

            

 庭が広くなる以外にも地下車庫のメリットはあります。 地下にある為シャッターを閉めると中は冬暖かく夏は涼しいのです。 このため冬の降雪時に車に雪が付着した状態で車庫に入れても数時間後には全部溶けてきれいに乾いてしまうため、雪を落とす手間も要らず車の痛みも少ないのです。 

 

 大きなお金をかけて地下の利用を探ってみましたが、結論から言うと地下室はメリットもありますが、日本では掘削コストが大きくて「コストパフォーマンス」が悪いのと湿度が高いのでかび対策が大変なので一般の人にはお勧めではありません。 窓のない完全な地下室ではなく、一部の天井部分が解放になったドライエリアを有する地下室であれば日光が入る分カビは抑えられる可能性がありますが、その場合はエアコンが必須になると思います。 

 お金に余裕が有って定期的にかび除去などのメンテナンスをまめにできる人であれば、完全な地下室には防音性恒温性という大きなメリットが有るので、特定用途でのメリットが享受できると思います。